ベッドの上で男性に跨っている女性

五反田の風俗にも多少の影響を与えている!?「飛田遊廓」について

「飛田遊廓」とは、大正時代に大阪に開かれた遊郭です。遊郭は公許の遊女屋が集まっている地域です。いわゆる風俗街なのですが、支配者が管理しやすくする目的で、一所に集められるということはどの地域でも行われていました。

これが「遊郭」です。公許の風俗営業が遊郭ですが、私娼街などものちには遊郭として区画されることもありました。飛田遊廓も公許地区なのですが、同じく公許地区であった乙部遊郭が全焼してしまったことから、その代わりに1961年に設置されることとなりました。

設置されてから2年経過した後には100件を超える遊女屋がありました。昭和初期には200件以上の賑わいを見せていたようです。

しかしこれも戦後GHQから赤線地区として区画され、1958年の売春防止法が施行された時には、対象となりました。そのため売春防止法が施行された後は料亭街として「飛田料理組合」となったのです。

しかし本当に料亭となったものは少なく、実情は料亭内で働く仲居さんとお客が自由恋愛によって性行為に望むということで法を免れている事実上売春宿ということには変わりありません。

このように「合法化」しているスタイルは、ソープランドと同じです。この点について2008年に大阪府知事となった橋下徹氏が、2013年の日本外国特派員協会において、記者に言及されています。

「買春を黙認している」事への説明を求められたわけですが、これに対して売春が行われているのか否かには答えず、飛田料理組合は違法でない形で存在しているということのみを回答しています。

もともと橋下氏飛田料理組合の顧問弁護士となっていた時代もあり、性風俗営業の在り方の解釈には長けています。この場合には橋下氏の回答がベストであったと言えますが、かなり際どいラインでソープランドなどの風俗営業が存続しているということを再確認させられる会見ではありました。

大阪は条例によってソープランドは作ることが出来ませんでしたので、「料理組合」として同じようなスタイルのものが営業を行っているのです。

遊郭は格式もあり、接待に使われることもあったような場所ですから、中には本当の高級料亭として存続しているお店ももちろんあります。

飛田の「鯛よし百番」なども本当の料亭で、使用している建物は国の登録有形文化財となっています。大変趣きのある建物ですし、町並みも風情があります。

しかし街の特性上、観光地のような受け入れられ方はしていません。